間書魏の侯淵、捕虜の兵卒をあえて放って離間した策
『魏書』に言う、魏の爾朱栄は大都督の侯淵に韓楼を討伐させたが、配された兵卒は非常に少なかった。ある者がこれを問題にすると、栄は言った、「侯淵は機に臨んで変に応じることに長けている」と。侯淵はそこで軍勢を大げさに見せかけ、多くの供応の道具を並べ立て、自ら数百騎を率いて韓楼の領内深くに侵入した。薊を去ること百里のところで、賊に遭遇した……。侯淵はそこでひそかに伏兵を置いてその背後を突き、これを大いに破った。その兵卒五千余人を捕虜にした。そしてその捕らえた馬や兵卒をそのまま城内に入るに任せた。左右の者は皆これを諫めたが……侯淵は言った、「わが兵はもともと少なく、力で戦うことはできない。必ず奇計を用いてこれ(敵の団結)に隙を生じさせねばならない、そうしてこそ勝てるのだ」と。侯淵は敵がすでに城に到着した頃合いを見計らって、そこで騎兵を率いて夜のうちに進軍し、明け方にその城門を叩いた。韓楼は果たして降伏した兵卒が内応したのではないかと疑い、そのまま逃走した。侯淵はこれを追って捕らえた。