間書西秦の乞伏乾帰、反間により呂延を敗死させた策
『十六国春秋』に言う、後涼の将・呂延が乞伏乾帰を討伐し、これを大いに破った。乾帰はそこで反間(偽りの情報を流す間者)を放ち、呂延を欺いて、「わが軍は潰走し、東の成紀に逃げた」と言わせた。呂延はこれを信じて追撃した。呂延の司馬(軍事参謀)である耿稚が言った、「告げに来た者は目つきが落ち着かず顔色も動揺していた。必ず奸計があるに違いない、追ってはならない」と。呂延はこれに従わず、追撃して敵と遭遇し、戦いに敗れて死んだ。
按ずるに、班超が莎車に反間を用いて自軍が敗走すると偽って触れ回らせたこと、乾帰が呂延に対して「わが軍は潰走して逃げた」と称したこと、これらはいずれも自らを強いのにあえて弱く見せかけて、敵を誘い出す方法である。