間書宋太祖の反間――林仁肇の肖像画による離間

宋の太祖が林仁肇に対して行った(反間)。

『通鑑』宋紀にいう。南唐の林仁肇は、常に江北の旧領を回復しようとしていたが、江南主(南唐の李煜)はこれを聞き入れなかった。宋は仁肇の威名を忌み、その侍者に賄賂を贈って、ひそかに仁肇の肖像画を手に入れ、別室に掛けておいた。江南(南唐)の使者を引き入れてこれを見せ、これは誰かと問うと、使者は「林仁肇です」と答えた。(宋の側は)いった。「仁肇はまもなく降ろうとしており、まずこれ(肖像画)を持ってきて信(あかし)としたのだ」と。さらに空いた館を指していった。「これをもって仁肇に賜るつもりだ」と。使者は帰ってこのことを江南主に告げたところ、江南主はそれが(宋の)反間であることに気づかず、仁肇を鴆毒によって殺してしまった、と。

按ずるに、これはすなわち陳平が項王の使者に対して行い范増を離間した故智と同じであるが、肖像画を購い求めて反間としたところに、その変化の趣向はことに新しい。