間書敵の間をもって反間す――趙奢の秦の間諜、陳平の范増離間

要約

- 敵の間諜をそのまま利用して反間する方法もある。

- 趙奢と秦の間諜:秦が閼与を攻めた際、廉頗は道が遠く険しく救い難いとしたが、趙奢は「二匹の鼠が穴の中で闘うようなもの、勇猛な将が勝つ」と述べて将となり、進軍を止めて陣を固め、諫言する斥候を斬るなど動かない姿勢を示し、さらに塁を増築して見せた。捕らえた秦の間諜を厚遇してあえて帰したところ、秦将は「趙軍は動かず塁を増している、閼与はもう趙の地ではない」と油断した。趙奢は間諜を送り返すや二日一晩で急行して閼与近くに布陣し、山の要地を先に占拠して秦軍を大破した。

- 陳平と范増:漢の陳平は、項羽の忠臣が范増・鍾離眜・龍且・周殷ら少数に過ぎないことに着目し、黄金四万斤を使って反間工作を行った。鍾離眜らが功にもかかわらず王に封じられず漢と結ぼうとしているとの噂を流し、項王に疑わせた。さらに楚の使者を迎えた際、わざと「范増の使者かと思ったが項王の使者か」と態度を変えて粗末な食事に替え、項王をますます范増に不信を抱かせた。范増は滎陽城を攻め落とそうとする進言を聞き入れられず、怒って辞職を願い出て、帰郷の途中で背中の腫れ物により死んだ。

現代語訳全文

敵の間諜をそのまま用いて反間する方法もある。戦国の趙奢が秦の間諜に対して行ったのがそれである。

『史記』廉頗伝にいう。秦が韓を伐ち、閼与に軍を進めた。趙王は廉頗を召して問うていった。「救援できるか」と。(廉頗は)答えていった。「道は遠く険しく狭く、救うのは難しい」と。また趙奢を召して問うた。趙奢は答えていった。「その道は遠く険しく狭いのは、たとえるならば二匹の鼠が穴の中で闘うようなもので、勇猛な将のほうが勝ちます」と。王はそこで趙奢を将として、これを救わせた。兵は邯鄲を去ること三十里のところで、軍中に令していった。「軍事について諫める者は死罪とする」と。秦軍は武安の西に陣を張り、秦軍が鼓を鳴らし喊声を上げて兵を整えると、武安の屋根瓦が皆震えるほどであった。軍中の斥候の一人が「急いで武安を救うべきです」と言ったところ、趙奢はただちにこれを斬った。(趙奢は)城壁を固く守り、二十八日間留まって動かず、さらに塁を増築した。秦の間諜がやって来て(陣中に)入り込んだところ、趙奢はこれを厚くもてなして帰らせた。間諜がこれを秦の将に報告すると、秦の将は大いに喜んでいった。「国を去ること三十里で、軍は動かず、しかも塁を増しているとは、閼与はもはや趙の地ではないな」と。趙奢はすでに秦の間諜を送り返すと、そこで甲を巻いて(軽装で急ぎ)馳せ、二日一晩で(閼与に)到着し、弓の名手を選んで閼与から五十里のところに陣を布かせた。陣塁が完成すると、秦人はこれを聞いて、全軍を挙げて攻めかかろうとした。軍士の許暦が諫めていった。「先に北山の頂を占拠した者が勝ち、後から至った者が敗れます」と。趙奢はこれを許諾し、すぐに一万人を発してそこに向かわせた。秦兵は後れて到着し、山を争ったが登ることができず、趙奢は兵を放ってこれを撃ち、秦軍を大破した、と。

漢の陳平が范増に対して行った(反間)。

『史記』陳丞相世家にいう。陳平がいった。「項王の骨鯁の臣(忠直な臣)は、亜父(范増)・鍾離眜・龍且・周殷らの類で、数人に過ぎません。大王がまことに数万斤の金を出して反間を行い、その君臣の間を離間し、その心に疑いを抱かせることができれば、項王は人となり猜疑深く讒言を信じやすいので、必ず内部で互いに誅殺し合うでしょう。漢はそれに乗じて兵を挙げてこれを攻めれば、楚を破ることは必定です」と。漢王はもっともだと思い、そこで黄金四万斤を陳平に与え、思うままにさせ、その出納を問わなかった。陳平はそこで多くの金を用いて楚軍に反間を放ち、諸将の鍾離眜らは項王の将として功が多いにもかかわらず、ついに土地を分け与えられて王となることができない、そこで漢と一つになって項氏を滅ぼし、その地を分けて王となろうとしている、と宣伝させた。項王は果たして意(心)のうちで鍾離眜らを信じなくなった。項王がすでに彼らを疑ったところ、(漢に)使者を遣わした。漢王は太牢(豪華な食事)を用意して差し出させ、楚の使者を見ると、わざと驚いていった。「わたしは亜父の使者かと思ったが、なんと項王の使者であったか」と。そしてまたこれを下げさせ、あらためて粗末な食事を楚の使者に出させた。楚の使者は帰ってこの一部始終を項王に報告した。項王は果たして亜父を大いに疑った。亜父は急いで滎陽城を攻め落とそうとしたが、項王は信じず、聞き入れなかった。亜父は項王が自分を疑っていることを聞き、そこで怒っていった。「天下の事はほぼ定まった。君王よ、自らこれをなさるがよい。どうか骸骨を賜って(辞職して)故郷に帰らせていただきたい」と。帰る途中、彭城に着かないうちに、背中に疽(悪性の腫れ物)ができて死んだ、と。