間書反間の巧――偽書による離間(秦将の李良への書、韋孝寛の牛道常への書)
反間を用いることに巧みな者には、書状によって反間する方法がある。秦の将軍が李良に対して行ったのがそれである。
『史記』張耳伝にいう。趙王は李良を遣わして太原を攻略させ、石邑に至ったとき、秦の将軍は(二世皇帝の)詔と偽って人を遣わし、李良に書を送った。(その書は)封をしていなかった。(書に)いう。「良はかつて我に仕えて顕幸を得たことがある。良がまことに趙に反いて秦につくことができれば、良の罪を赦し、良を貴くしよう」と。良は書を得て邯鄲に戻り、増兵を請うた。道中、趙王の姉に出会ったが(李良は)これを王と思い、伏して謁見した。王の姉は酔っていて、騎兵を遣わして李良に謝意を伝えさせただけであった。良はもとより身分が高かったので、立ち上がって恥じた。すでに秦の書を得ており、もとより反く心があったので、怒って王の姉を追って殺し、邯鄲を襲った、と。西魏の韋孝寛が牛道常に対して行ったのも同様である。
『魏書』にいう。東魏の将段琛は宜陽に拠り、将の牛道常を遣わして辺境の人々を煽動して誘った。西魏の将韋孝寛はこれを拒み、諜者を遣わして道常の筆跡を手に入れさせ、書に巧みな者に命じて道常が孝寛に宛てた書を偽作させた。帰順の意を論じる内容で、さらに火に焼け残ったかのような焦げ跡を作って、あたかも火の中から取り出した書のように見せかけ、諜者に命じてこれを(東魏の)琛の陣営に届けさせた。琛は書を得て果たしてこれを疑い、道常の企ては皆用いられなくなった。孝寛はその(東魏方の)離間・阻隔を知り、そこで奇兵を出して道常や琛らを掩襲した、と。
按ずるに、筆跡を真似て書を作ることは、極めて精細で極めて巧妙であり、これでなければ人を信じさせることはできない。今、銅仁の首逆はいずれも挙人(科挙の郷試合格者)である。ひそかにその筆跡・印章を購い求め、偽って反正(帰順)の書を作り、彼らを疑わせて互いに殺し合わせるべきである。そうすれば一紙の書は十万の軍勢にも勝ることになる。筆跡を真似て偽の印章を作ることは、もとよりわたしの得意とするところである。