間書唐の李靖の用間――唐倹を死間として用いる
『唐書』にいう。衛公李靖が突厥を討伐したとき、頡利可汗は兵に敗れて和議を求め、太宗は鴻臚卿の唐儉を遣わしてこれを慰撫させた。頡利は表向きは卑屈に従うふうを装ったが、内心はなお迷い揺れていた。李靖は言った。「頡利は敗れたとはいえ、その軍勢はなお十余万を数える。もし逃げて磧(砂漠)の北へ渡ってしまえば、図るのが難しくなる。今、詔使(唐儉)がかの地に至れば、頡利は必ず自ら気を緩めるだろう。もし精鋭の騎兵一万を選んでこれを襲えば、戦わずして生け捕りにできる。唐儉ら(の身の安全)などは惜しむに足りない。」そこで軍を整え、夜のうちに出発させ、(頡利の軍を)大いに打ち破った。