間書宋の檀道済の用間――逃亡兵を利用した「籌を唱えて砂を量る」計
『宋書』にいう。檀道済は魏を討伐して歴城に至った。魏は軽騎兵をもってその前後を遮り、穀物や牧草を焼き払った。檀道済の軍は食糧が尽き、軍を引いて帰還した。その途中、一人の兵卒が逃亡して魏に降り、(食糧が尽きた事情を)詳しく告げた。魏軍はこれを追撃し、(檀道済の)軍勢は動揺し、まさに崩れようとした。檀道済は夜、「籌(かず取り棒)を唱えて砂を量る」という策を行い、残っていたわずかな米をその(砂の)上に覆いかぶせた。夜が明けると、魏の兵はこれを見て、檀道済の軍糧はなお十分に余っていると思い込んだ。そして先に降った者(逃亡兵)を偽りを言った者として斬った。檀道済は全軍を無事に引き連れて帰還した。
按。陸抗が俞讃に対して行ったこと、檀道済が逃亡兵に対して行ったこと、および宋の麟州の軍士が戎人に対して行ったことは、その死間を用いる方法こそ異なるが、その意図するところは同じである。ここから、用間の術は変化し合い、互いに手本とし得ることを悟るべきである。