間書用間を重んじた兵書――『孫子』と『呉子』
昔の兵書、『孫子』や『呉子』はいずれも用間を重んじた。必ず間を用いてこそ、敵の情勢をあらかじめ知ることができ、必ず間を用いてこそ、敵の軍勢を離散させることができるのである。
『孫子』用間篇にいう。明君賢将が、軍を動かして人に勝ち、功を成すことが衆人にすぐれている所以は、先んじて知るからである。先んじて知るということは、鬼神に求めて得られるものではなく、物事の形象に象って知られるものでもなく、天体の度数に験して知られるものでもない。必ず人に取って、敵の情勢を知るものである。聖なる者でなければ間を用いることはできず、微密な者でなければ間の実を得ることはできない、と。
『呉子』にいう。間諜をよく行い、軽兵を往来させる。敵の衆を分散させ、その君臣が互いに怨み、上下が互いに咎め合うようにする。これを事機(事を成す機微)という、と。