西夏書事卷三十九 宋寧宗(金泰和五年) 開禧元年(夏天慶十二年) 1205年

対金遣使と天変

  • 春正月、金へ正旦を賀う使者を送った。金主は衍慶宮で朝賀を受け、宋・高麗の使とともに拝謁した。
  • 三月、太白(金星)が昼間に現れた。占い師は「兵乱の兆」と述べた。

蒙古の初侵攻

  • 蒙古が初めて来侵し、力吉里砦を破った。蒙古の鉄木眞(テムジン)の系譜とその勃興の経緯が詳しく記され、河西に侵入して瓜州・沙州を蹂躙し、純佑はあえて拒まなかった。
  • 夏四月、蒙古兵が引き上げる際、落思城を掠めた。
  • 六月、天が鳴った。西南方で火星が太微垣右執法を犯し、群臣は赦を請う上章をした。
  • 同月、興慶府を中興府と改めた。蒙古兵が退いたのを受け被兵の諸城堡を修復し、大赦を行った。
  • 秋九月、金の天寿節を賀う使者を送り、謝礼の使者もあわせて遣わした。同時期、黒雲が西北方に起こり赤気・白気の異象があった。
  • 冬十一月、蒙古を攻めたが、戦わずして引き返した。金を侵していた蒙古の隙を衝いて出兵したが、蒙古がすでに金軍を破り引き返す報を得て撤兵した。