西夏書事卷三十五 宋高宗(金皇統二年) 紹興十二年(仁孝大慶三年) 1142年

折氏の遺恨と晋寧軍への攻防

  • 春正月、金の正旦および万寿節を賀う使者を送った。金主は使者の席次・儀礼を改めて定めた。
  • 夏六月、金の晋寧軍守の折彦文が府州を侵した。麟・府を代々守ってきた折氏は、可求が金に降り毒殺された後、乾順が府州を襲い墳墓を暴いて折氏の恨みを買っていた。金は可求の子彦文に晋寧を守らせ、彦文は府州境を掠め寧辺砦に拠って退かなかった。
  • 秋八月、金の晋寧軍を攻めた。折氏の報復を知った仁孝は晋寧を攻めたが、彦文は籠城二十日守り抜き、夏兵は通秦堡を取って引き上げた。
  • 九月、飢饉となった。民間で米一升が百銭にまで高騰した。
  • 冬十月、金の使者が侵地を返還してきた。折彦文が夏兵の掠奪を訴え出ると、金主は太原尹張奕に視察させ、奕は「折氏と夏国は世仇であるゆえの報復」として折氏を他郡へ移すよう進言し、金主は彦文を青州に移し夏に侵地の返還と辺境の遵守を諭し、仁孝はこれに従った。