西夏書事卷三十二 宋徽宗(遼乾統五年) 崇寧四年(乾順貞觀五年) 1105年
遼の斡旋と銀州の陥落
- 春正月、乾順は再び遼へ援兵を求め、遼は樞密直学士高端禮を派し宋に罷兵を求めさせた。
- 二月、月が東井を犯した。監軍駙馬兀𠼪が銀川砦救援に向かい嵩平嶺で韓世忠に敗れ戦死し、銀州も失われた。
宣威城攻めと遼の宗女降嫁
- 三月、熒惑が東井を犯した。乾順は西蕃の溪賒羅撒を擁立すべく四監軍の兵で宣威城を攻めたが、知鄯州高永年が謀殺され趙隆の反撃で解囲した。
- 遼は宗女南仙を成安公主として乾順に嫁がせた。
塞門砦掠奪と蕭関での勝敗
- 塞門砦を掠め、蕭関を争って環慶将折可適を踏口で敗った。
臨宗砦・順寧砦の攻防
- 夏四月、湟州の臨宗砦を攻めたが知州辛叔憲に阻まれ果たせなかった。
- 五月、順寧砦・北蕃市城を攻めたが劉延慶・辛叔憲にそれぞれ敗れた。
遼への謝礼と再度の援兵要請
- 六月、婚姻を賜ったことへの謝礼として遼へ使者を送った。
- 冬十二月、再び遼へ援兵を求め、遼使は宋に侵地の返還を請うた。