西夏書事卷十一 宋仁宗(契丹重熙三年) 景祐元年 1034年
対宋強硬策への転換
- 元昊は「開運元年」と改元した。策士楊守素の進言により、宋の年号に依らぬ独自の紀年を用いることとした。
- 塡星が輿鬼を犯し、元昊は大規模な粛清を行った。
- 二月、府州を攻めた。辺境に多数の砦を築き侵攻の拠点としていたことに端を発する。
- 夏五月、再び府州を攻めた。
- 秋七月、環・慶を掠めた。
- 白豹城・後橋堡を築き、慶州を侵して都監斉宗矩を捕らえた。宋軍の反撃を受けた報復として侵攻したもの。
- 九月、太白のような星が東井に現れた。
- 冬十月、逆臣山喜を殺し、母の衛慕氏を弑した。山喜の謀反を鎮圧した後、元昊は母を毒殺し、訛蔵屈𡃩氏を新たな太后に立てた。
- 十一月、子の甯令哥が生まれた。母は野利氏。
- 十二月、馬を献じ仏経を求めた。