西夏書事卷十一 宋仁宗(契丹重熙二年) 明道二年 1033年
改元と官制の整備
- 元昊は父の諱を避け「顕道」と改元した。
- 春正月、契丹へ貢いだ。
- 三月、断髪令を発した。まず自ら髪を剃り、三日以内に従わぬ者は殺すと命じた。
- 夏四月、宋の使者が皇太后(章献皇太后)の遺物を賜った。
- 五月、興州を興慶府に昇格させ、官制を整えた。中書・枢密・三司・御史台・開封府・翊衛司など宋に倣った文武の官制を定め、蕃・漢の人材を分けて任用した。
- 服式を定めた。文官・武官・庶民でそれぞれ異なる服装を規定した。
- 秋七月、将の蘇奴児を吐蕃の氂牛城へ送ったが捕らえられた。
- 九月、再び氂牛城を攻め、冬十月、これを破って住民を虐殺した。