西夏書事卷十二 宋仁宗(契丹重熙四年) 景祐二年 1035年
反間策と衛慕氏妃殺害
- 春正月、元昊が「広運」と改元した。
- 三月、環州へ匿名の書を送りつけた。知州高継嵩を陥れようとした反間策であったが、韓琦の進言により見破られた。
- 夏五月、太白が塡星を犯した。
- 妃衛慕氏を殺した。母の弑逆の際に元昊を諫めた縁者で、生まれた子ともども殺された。
- 秋七月、兵を環慶に入れた。
- 冬十月、中書令に加えられた。使者への応対がますます尊大になったと記される。
- 十一月、自ら西蕃を攻め唃厮囉の将安子羅を破ったが、退却の際に宗哥河で潰滅した。糧食が尽き、渡河中に水を放たれて大敗した。
- 使者を入貢させた。宋は夏使の民間往来を規制し館舎を設けた。
- 十二月、再び西蕃を攻めたが河湟で大敗した。唃厮囉の計略により渡河地点を誤らされ、多数が溺死した。