西夏書事卷十二 宋仁宗(契丹重熙五年) 景祐三年(元昊広運二年) 1036年

河西三州の攻略

  • 春正月、西蕃遠征から戻り、妃索氏が罪により自殺した。元昊の敗死の誤報を喜んだことを咎められた。
  • 夏四月、天竺の貢僧を夏州に留め置いた。以後西域からの貢僧が絶えた。
  • 秋七月、回鶻を攻め瓜・沙・粛の三州を取った。これにより河西の地を全て併有した。
  • 九月、兵制を定めた。丁の徴発・正軍と負担の別・鉄騎軍・御園内六班直など詳細な軍制を整えた。総兵力は五十余万に達したと伝わる。
  • 軍名を制定した。左右両廂に十二の監軍司を設置し、都統軍・副統軍・監軍使を置いた。
  • 冬十月、蘭州の諸羌を攻め破り、瓦川に城を築いた。これにより唃厮囉諸族と宋との連絡路を絶った。
  • 十二月、西蕃の内部を誘って唃厮囉から離反させた。唃厮囉の二子瞎氈・摩角氈の不和に付け込み、諸酋を懐柔した。