西夏書事卷九 宋眞宗(契丹統和二十五年) 景德四年 1007年

恩礼の拡充と互市の再開

  • 春三月、徳明が廩俸への謝意を示した。真宗は内地節度と同様の待遇を与え、徳明は自ら「草土臣」と称して馬・駱駝を献じた。
  • 京師での市易を求め許された。
  • 夏四月、綏・夏の二州に迎賓の館舎を建てた。
  • 五月、嫡母罔氏が没し、哀を告げた。真宗は鎮軍大将軍・右金吾衛上将軍を追賜し、徳明は五台山の十寺での供養を願った。
  • 契丹の使者が弔祭に訪れた。
  • 鄜延へ牒を送り保安軍の駅舎修築の中止を求めた。
  • 六月、章穆皇后の陵墓造営を助けるため馬を献じた。
  • 夏州民劉岩らの引き渡しを求めたが得られず、秋七月、保安軍への榷場設置を求めた。互市が許され、駝馬・玉・毛織物などを絹・薬・陶漆器と交換する取り決めとなった。
  • 九月、六谷への出兵を企図したが実行に至らなかった。厮鐸督が回鶻と結んで備えたため。
  • 冬十月、暦法「儀天暦」の頒布を求め、これが西夏が暦を受けた最初となった。
  • 十一月、麟州への榷場設置を求めたが許されなかった。