西夏書事卷七 宋眞宗(契丹統和二十年) 咸平五年 1002年
靈州陥落と西平府への改称
- 春正月、保吉が赤沙・橐駝等の路に市場を設けた。熟戸を誘い込む策であり、朝廷が禁じても止まなかった。
- 三月、霊州を陥落させ知州事裴済を殺し、州を西平府と改めた。長期の包囲で兵糧・援軍が絶え、裴済は指を刺して血書で救援を訴えたが及ばず陥落した。保吉は西平王の爵位に因みこの改称を行った。
- 夏四月、清遠の蕃酋に偽装降伏させ環慶の官軍を白豹鎮で襲わせたが勝てなかった。
- 五月、霊州陥落を契丹に告げた。
- 六月、麟州を包囲したが、知州事衛居実に撃退された。城の水源不足に苦しみながらも奇襲と夜襲で夏軍を撃退し、多数の死者を出させた。
- 夏州が旱魃となった。秋七月、河の堤防を築いた。黄河の水を引いて田に灌漑する事業を行ったが、役民に過酷な扱いをしたと伝わる。
- 党項の荘浪族を渡河して攻めたが克てなかった。
- 八月、大雨で堤防が決壊した。九昼夜降り続いた大雨で河が氾濫し多数が溺死した。
- 九月、濁輪砦を破り、党項の折勒厥麻等の諸族が内附した。
- 府州を包囲したが、張佶の軍に撃退された。
- 冬十月、六谷の諸蕃を誘ったが、首領潘羅支に捕らえられた。
- 十一月、涇原の官軍が康奴族を襲ったが、援軍は間に合わなかった。
- 十二月、賀蘭山の大小涼族と交戦した。