十六国春秋後涼錄四 呂緯
呂超への呼応と非業の死
- 呂緯は纂の弟で、隴西公に封じられ北城を鎮めていた。禿髪傉檀が姑臧を襲った際、緯は北城を固守し兵の侵入を許さなかった。纂が超らに殺されると、ある者が緯に「超は天に逆らい上を凌ぎ士衆は服していない、明公は弟としての親愛と大義の名分をもって兵を挙げるべきだ」と説いた。緯は兵を整え叔父の巴西公他に「隆・超は弑逆の徒、討つべきです」と述べ、他はこれに従おうとしたが、他の妻梁氏が「緯と超はともに兄弟の子、なぜ超を捨てて緯を助け自ら禍の元になるのか」と止めた。
- 超はこれを聞いて城に登り他に「超は身命を懸けて社稷が覆るのを恐れ、国家のために大義を唱えたのです」と告げた。超の弟邈は緯に寵愛されており「隆・超のこの挙は天人の心に応じたもので、明公を尊立しようとしているのです」と説き、緯はこれを信じて隆・超と盟を結び単騎で城に入ったが、超はこれを捕らえて殺した。他はまもなく背いて秦に降った。