十六国春秋後涼錄四 呂訓

楊難当への出仕

  • 呂訓は光の子である。光の西域遠征の際、仇池に留まっていた。その後楊難当に仕えて建忠将軍となり、東晋軍の北伐に際して倉儲を守ってこれに備えた。難当が敗れると駙馬都尉・奉朝請を拝命し、内郡に移り住んだ。