十六国春秋李安
忠勇の士
- 李安は字を武龍といい、若くして外家の羅氏に養われた。元康元年、地を避けて蜀に入り特に従って征伐し、勇烈をもって聞こえ、特は遂にこれを子とした。驍騎將軍驤は帳下督として引き用い、しばしば戦功があり甚だ信愛された。
- 羅尚が符成・隗伯を遣わして郫城を攻めさせたとき、驤は逆戦して利あらず傷を被り馬から落ち臥して起き上がることができず、士衆はみな散った。ただ安と任回だけが左右にいた。隗伯は数千騎を率いて来て叱って安に言った、「武龍よ、私が取るべき者があるのに、卿は避けて去れ」と。安は目を瞋らせてこれを呵って言った、「私は相与しない」と、そこで馬を躍らせ直ちに前んでこれを刺すと、伯は逡巡して退いた。