十六国春秋李始
太保始の生涯
- 李始は字を伯起といい、特の長子、雄の異母兄である。特が承制すると武威將軍を拝した。雄がすでに僭位すると累遷して太保・折衝將軍を加えられ、士衆を善く撫し衆は多くこれに帰した。時人はこれをことわざにして「老を養うにはまさに太保に属すべし」と言った。
- 期が班を殺すに及び、始を征東大將軍として建寧王越に代わり江陽に鎮させた。始は先に夀に附き共に期を討つことを謀ったが、夀は従わなかった。始は怒り期に夀を取るよう説いたが、期はまた許さなかった。後に夀は龔壮の計を用いて成都を襲破し、期は自殺した。始もまた誅せられ、その兄弟十余人にも及んだ。