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十六国春秋
郭荷
経学の宗
郭荷は字を承休といい、略陽の人である。六世祖の整は漢の安順の世に公府から八度辟され五度徴されたがみな応じなかった。整から荷に至るまで世々経学をもって位に致った。
荷は羣籍を明究し史書を善くしたが、州郡の命には就かなかった。祚は使者を遣わし安車束帛をもって博士祭酒に徴し、使者は迫ってこれを致した。至ると太子友に署されたが、荷は上疏して還ることを乞い、祚はこれを許し、安車蒲輪を遣わして張掖東山に送り還した。年八十四にして卒し、諡を玄徳先生といった。
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