十六国春秋祁嘉
隠去の声
- 祁嘉は字を孔賓といい、酒泉の人である。若くして清貧で学を好んだ。年二十余のとき、夜、忽ち牎中に声があって「祁孔賓、祁孔賓、隠去来、隠去来。人世を脩飾するは甚だ苦しく諧うべからず。得るところは毛の銖ばかりも無く、喪うところは山崖の如し」と呼ぶのを聞いた。旦にして逃げ去り、西の燉煌に至り学宮に依り書を誦し、貧しくて衣食なく書生の厮養となって自ら給し、遂に経伝に博く通じ大義を精究した。
- 西に海渚に遊び門生百余人を教授した。重華は儒林祭酒に徴した。性は和裕で教訓は倦まず、『孝経』に依って『二九神経』を作った。在朝の卿士・郡県守令の彭和正らで業を受け、独り床下に拝する者は二千余人であった。天錫はこれを先生と呼んで名を呼ばなかった。ついに夀を終えた。