十六国春秋馬氏

王太后馬氏

  • 馬氏は張重華の生母である。姿儀が美しく、初め張駿の昭儀となった。重華が嗣位すると、尊んで王太后とし、永夀宮に居させた。
  • 重華が卒するに及び、遺命として世子の靈耀を冊拝して嗣とした。その庶兄の長寧侯祚は先に馬氏と蒸淫していたが、ひそかに馬氏を説いて、靈耀が幼冲であるから長君を立てるべきであると言い、馬氏はこれに従った。
  • 祚はついに僭立して淫虐無道であり、族人で河州刺史の瓘が起兵して討伐すると、領軍の趙長らは罪を懼れて閣中に入り、馬氏を呼び出して謙光殿から出し、張玄靚を主に立てて祚を殺した。ついに尊んで太王太后とした。
  • 興寧元年(363年)に卒した。