十六国春秋後燕錄九 垂后後段氏

才媛の予言と垂の即位

  • 垂の後の后・段氏は字を元妃といい、遼西鮮卑の光禄大夫段儀の娘。若くしてしとやかで聡明、節操を備え、かつて妹の季妃に「私は決して凡人の妻にはならない」と語り、季妃も「私も凡夫の妻にはなりません」と応じ、隣人はこれを聞いて笑ったという。内黄の人相見・張定は儀の二人の娘を見て「お宅は大いに栄えるでしょう、二人の娘によるものです」と驚き、儀は深くこれを異とし娘たちは二十歳を過ぎても嫁がせなかった。儀の子・倫が「張定に何がわかるのか」と言うと、儀は「娘たちの志は並でない、それでためらい良縁を選んでいるのだ」と答えた。まもなく垂が元妃を後添えに迎えると格別の寵愛を受け、垂が皇帝を僭称すると皇后に冊立された。范陽王(徳)もまた季妃を娶り姉妹ともに皇后となった、まさに張定の言葉通りであった。

太子廃立をめぐる諫言と最期

  • 先の段氏は子の令宝を、元妃は子の朗・鑒を生み、他の側室たちも麟・農・隆・柔・熙・宝を生んだ。宝は当初太子として評判が良かったが、まもなく怠惰になり内外の期待を裏切った。元妃はかつて垂に「太子は資質は穏やかだが柔弱で決断力に乏しい、いま国難の時にあって世を救う英雄とは思えません、遼西王・高陽王という賢い御子たちがいる以上どちらか一人にお譲りになるべきです、趙王麟は奸智に長け強情で、陛下がもし世を去られれば必ず国家の禍となりましょう」と進言したが、垂は不快に思った。宝は垂の側近に気に入られるよう努め側近たちも宝を褒めそやしたため、垂は宝を賢いと思い込んでいた。その後元妃が重ねて諫言すると、垂は「お前は私に晋の献公のような真似をさせたいのか」と言い、元妃は涙ながらに退き妹の季妃に「太子に才がないことは天下周知のこと、主上は私を驪戎の女になぞらえられた、主上が世を去られれば太子は必ず社稷を失うだろう、范陽王には並外れた器量がある、もし燕の命運が尽きていなければそれは范陽王によるものだろう」と語った。宝と麟はこれを聞き深く恨みに思った。
  • 垂の死後、宝が即位すると麟を遣わし元妃に「后はかつて主上が大業を継げないと仰っていたが、いまその通りになったかどうか、早く自裁して段氏の家名を保たれよ」と伝えさせた。元妃は怒って「お前たち兄弟は生母(丁氏)を殺しておきながら、なぜ先代の事業を保てようか、私は死を惜しんではいない、ただ国の滅亡が近いことを思うだけだ」と言い自害した。宝は元妃が嫡統の廃立を謀ったとして母后の礼で喪に服さないよう議論させ、群臣も皆これに賛同したが、中書令眭邃が朝廷で「子に母を廃する道理はない、漢の安思閻后は順帝を廃したにもかかわらず太廟に配祀された、まして先の后の言葉は真偽も定かでない、閻后の故事に倣うべきだ」と唱えたため、宝はこれに従い喪を執り行い成哀皇后と追諡した。その後、麟は果たして反乱を起こし宝も殺され、徳(慕容徳)が帝号を僭称するに至り、すべて元妃の予言通りとなった。