十六国春秋前秦錄十 徐成
生涯
- 徐成、嵩の叔父。純直で端正な人柄で、常々王猛に知られていた。身の丈六尺に満たず、容貌も当代随一に醜かった。猛が燕を討伐した際、成は射声校尉として鄧羌の部将となり、猛は成に燕軍の虚実を偵察させ日中に戻るよう期していたが、黄昏に戻ったため猛はこれを軍法に照らして斬ろうとした。鄧羌が固く諫めても許されず、危うく兵を構えて猛を攻めようとするほど成を惜しんだ。羌に従って燕軍を撃つ際、燕陣を出入りすること傍らに人もいないかのように奮撃し、功により并州刺史を拝命、まもなく鷹揚将軍を加えられ歩騎三万で剣閣を攻略、右将軍に進んだ。姚萇が秦を伐った際、成らはこれを討伐しに遣わされたが萇に敗れ捕らえられたものの殺されず、そのまま萇に降った。萇が没すると、その子興がこれを殺した。