十六国春秋前秦錄十 徐義

生涯

  • 徐義、高陸の人(一云、咸陽の人)。当初堅に仕えて征東参軍となり、丕の即位後は吏部尚書に進み県公に封ぜられ、まもなく右光禄大夫・侍中・司空を加えられ、まもなく右丞相を拝命した。義は若くして仏法を奉じていたが、兵乱の折、慕容永に捕らえられ両足を桎梏でつながれ髪を木に結わえられ、夜になって処刑されようとした。義はひたすら『観世音経』を念じていたところ、まもなく「今、事は急を告げている、なぜ眠っていられるのか」と告げる夢を見た。義は驚いて起きると、見張りの者たちは皆疲れて眠っていた。試しに自ら身を動かすと、突然桎梏が破れ、重々しい戒めの中でも髪を解き足も抜けて逃げ出すことができ、百余歩を導かれるように進んで草叢に隠れた。追手が慌ただしく行き交う音が聞こえたが、燭を灯して捜しても誰も見つけられなかった。夜が明けると賊は散り、義は鄴の寺へ逃げ込んで難を免れ、そのまま楊佺期のもとへ逃れ、佺期は義を洛陽令とした。