龍を降ろす秘呪
- 僧渉公なる者は西域の人(一云、本来は蜀の人)で、姓は不明。若くして沙門となり、堅の建元十一年(375年)に長安へ至った。虚静に気を養い五穀を食べず、日に五百里を行き、まだ起きていない事を語るとその通りに的中し、掌を指すように明らかであった。秘呪をよくし神龍を降ろすことができた。折しも大旱があり、堅は渉公に呪を命じて龍を呼び雨を請わせると、龍が鉢の中に降り、たちまち大雨が降った。堅と群臣は自ら鉢の中を見て、みなその不思議さに感嘆した。堅はこれを国神として奉じ、士庶はこぞって身を投げ足に接して拝したという。これ以後、再び旱害の憂いはなくなった。
- 建元十六年十二月、病もなく死んだ。堅はこれを深く哭き悲しんだ。死後五日、堅はその神異を確かめようと棺を開いて見させたが、遺骸はどこにも見当たらず、殮衣だけが残っていたという。建元十七年、正月から六月まで雨が降らなかった際、堅は食事を減らし音楽を止めて和気を迎えようとしたところ、七月に雨が降った。堅は中書監朱肜に「渉公がもし生きていれば、朕がこれほど天を仰いで焦心することもなかったろう、あの方はまことに大聖人だったのではないか」と語ると、肜は「その術は幽遠で古今にも稀な奇才でした」と応じた。堅がこれほどまでに仰ぎ慕っていたのである。