十六国春秋前秦錄九 健后強氏
生涯
- 健后強氏、略陽の人、左光禄大夫強平の姉。健が天皇を僭称すると天皇后に立てられた。健が病に伏すと強后は末子の晋王栁を立てようとしたが、健は讖文に「三羊五眼」の言葉があることから生を太子に立てた。生の即位後、皇太后に尊ばれた。生の淫虐が甚だしく、舅の強平が切に諫めて意に逆らったため、生は怒って妖言の罪をでっち上げ殺そうとした。広平王黄眉らが宴席で叩頭し「平は太后の弟です、陛下がたとえ平を殺したくとも太后のことを思わないのですか」と諫めたが生は聞かず、平の頭を穿って殺した。太后は憂憤のうちに没し、諡を明徳皇后とした。