十六国春秋前趙錄八 劉宣
人物・学問
- 劉宣、字は士則。劉淵の従祖にあたる。朴訥で寡黙、学を好み清廉な人柄で、楽安の孫炎に師事して『毛詩』『左氏伝』を精読した。師の孫炎は「宣が漢の武帝の代に生まれていれば金日磾にも勝っただろう」と嘆賞したという。
- 学を修めて帰郷した後は数年間門を出ず、『漢書』の蕭何・鄧禹伝を繰り返し読んでは「男子たる者、二人の祖に巡り合えば、この両公だけに前代の美名を独占させはしない」と語っていた。
淵への出仕と匈奴内での重用
- 并州刺史王広が武帝にその評判を伝え、召見された武帝は「玉のように立派な人物」とその立ち居振る舞いを称え、本部を治めさせるにふさわしいとして右部都尉に任じ、赤い幢と曲蓋を特に与えた。任官中は清廉に努め、統治下の民に慕われた。
- 劉淵の王位就任は実は劉宣の献策によるものであったため、淵から特別の尊重を受け、勲功・外戚のいずれにも比肩する者なく、軍国の内外すべてを委ねられた。最終的に丞相・太尉にまで昇った。