十国春秋卷一百八 北漢五 列傳 侯霸榮
侯霸榮
- 侯霸榮は邢州龍岡の人。力強く弓を善くし、走れば奔馬に及ぶほどで、常に并州・汾州の間で盗賊を働いていた。睿宗はこれを用いて指揮使とし、楽平を守らせた。
- 天会初年、率いていた部隊とともに宋に降った。宋の太祖は霸榮を内殿直に補したが、ほどなく再び逃げ戻ってきた。睿宗はその罪を赦し、また供奉官に任じた。
- 少主が跡を継いで即位すると、霸榮は少主の首を宋に献じようと謀り、その無防備に乗じて白昼に刃を提げて押し入り、逆にその戸を閉ざした。少主は屏風を繞って逃げたが、霸榮は刃をもって胸を突き刺してこれを弑した。ある者は言う、「実は郭無為がこれをさせたのだ」と。無為は続いて卒に命じて梯を登らせて入り、霸榮を殺させた。