十国春秋卷八十九 吳越十三 僧全付

僧全付

  • 僧全付は会稽の人である。父に随って行商人として豫章に至り、禅会の盛んなることを聞いて出家を求め、ついに宜春に赴いて南塔に礼した。已にして東府に還ると、文穆王は特に礼を加えて重んじ、紫の方袍を賜ったが受けず、改めて衲衣を賜り、純一禅師と号した。全付は「私は言葉を飾っているのではない。後人が私を真似て欲をほしいままにすることを恐れるのだ」と言った。天福二年(937年)、東府の戎将が雲峰山を開いて院を建て、清化と名づけた。開運年間、坐したまま亡くなったが、大風が林木を震わせ、時を過ぎてようやく静まった。