十国春秋卷八十九 吳越十三 僧自新

僧自新

  • 僧自新はもと異僧である。常に楮の衣を着て広徳山院に住んでいた。天宝年間、淮南の将の李涛が衣錦軍に侵寇しようとしたとき、文穆王は命を奉じて応援使となり兵を率いて敵を禦いだが、その地に至ると衆はみな逃げ去った。しかし自新は巋然として軍中に晏座しており、その故を問うと「左右はみな兵である。去ってどこへ行けようか」と言った。当時文穆王は衆の中にいて、衣服は士卒と同じであったが、自新は俄かに衣を斂めて敬意を示し、久しく語り合った。文穆王が帰るに及んで、載せてともに帰った。従容として当時どうやって見分けたのかと問うと、「小僧に他の術はない。ただ公の骨相が尋常でなく、まさに咸通皇帝の御容に似ているのを見たので、幸いにも一目で識別できたのだ」と言った。また日者(占い師)で文穆王を見て「この人は手ずから百人を斬るであろう、必ず大貴となる」と言った者があり、その術は自新に似ていた。