十国春秋卷八十八 吳越十二 列傳 李咸

李咸

  • 李咸は葉簡と同じく武肅王の幕府にいた。徐綰・許再思の変のとき、王は咸を召して占わせた。咸は「大王の覇業はまさに永く続きますが、分野に小さな災いがあるのみです。憂えるに及びません。ただし大王には疾いがあるでしょう」と言った。王が「私に疾いがあるとして、どうして百姓を害してよかろうか」と言ったが、後に果たして咸の言のとおりになった。
  • 天寳十六年(923年)、梁が王を呉越国王に冊立した。前日に雪が降ったので、王は咸を召して他日に卜おうとした。咸は「大王が両つの封冊を受けられるのは、ただ天が助けるところです。雪は必ず晴れるでしょう。社稷の延長を占うべきです」と言った。武肅王がこれに従うと、その夕べに果たして星斗が明麗に輝き、翌朝ついに冊立の礼が成った。