十国春秋卷八十八 吳越十二 列傳 毛勝

要約

毛勝、字は公敵、晉陵の人。忠懿王に仕えて功徳判官となり、諧謔と雅な戯れを好む文人であった。水郷の呉越に生まれ、四方に類のない新鮮な魚介を存分に味わえることを喜び、自ら「天饞居士」(天より授かった食いしん坊の居士)と号した。

その代表作が「水族加恩簿」である。滄海龍君が発する詔勅という体裁を借り、精妙巧緻な文章で魚介・海産物を品評し、あたかも臣下に位階を授けるように戯れの官爵を与えた。まず江瑶柱を独歩王・玉桂仙君として海珍元年の建元を許し、章魚(滄浪頭)を杜口中郎将、車螯(白中隠)を霊甘尹、蚶(淡然子)を玉徳公、大海老(季遐)を清綃内相などに封じたのを皮切りに、蠘・蝤蛑・蟹・彭越といった蟹の類にはそれぞれ黄城監・爽国公・糟丘常侍・郎黄少相を、蛤蜊には含津令・慤誠君を、文蛤には紅鐺祭酒を授けた。さらに鱸(清臣)・鰣(時充)・鱭(白圭夫子)・鯉(李本)・鮒(鮮于羮)・白魚(楚鮮)・へだ(縮項仙人)・鱘鰉・河豚といった川魚・海魚から、黿・鼈・鱟・烏賊・亀・水母・真珠・玳瑁・牡蠣・法螺貝・螺螄・蛙・江豚に至るまで、数十種の物ごとにその姿形や風味になぞらえた雅号と官職名を次々に授け、封国・爵位・将軍号を連ねてゆく諧謔に富んだ長文である。

また、真珠や玳瑁のような宝物、法螺貝や貝殻磨きの道具にまで圓輝隠士・㸃化使者・梵響参軍・大輝光といった雅な官職を与え、田舎の螺螄や蛙、魚の塩辛、川豚に至るまで済饌都護・宋珍都尉・三徳尉などと戯れに封じるなど、俗なる食材にすらあまねく礼を尽くす徹底ぶりを見せた。食通としての教養と機知に富んだ文才を存分に発揮した滑稽文学であり、当時の呉越の食文化の豊かさと士大夫の遊び心を今に伝える貴重な戯作としても位置づけられる。

現代語訳全文

毛勝

  • 毛勝は字を公敵といい、晉陵の人である。忠懿王に仕えて功徳判官となった。性は諧謔を好み、雅な戯れを楽しんだ。自らが水国(水郷の国、すなわち呉越)に生を受け、多くの新鮮な魚介を存分に味わえることを思い、「天饞居士(天より授かった食いしん坊の居士)」と号した。またその土地には魚介類が産し、四方に類がないことから、「水族加恩簿」を作った。滄海龍君の命であるとして、水族に位階を授ける体裁を借り、精妙巧緻な文章で品評した。その文にいう――
  • 令す。汝、独歩王・江殊(江瑶柱の雅名なり)よ。鼎鼐(食膳の器)にふさわしい仙姿、瓊瑶のごとき紺色の体、天与の巨きなる美しさを持ち、時に絶佳と称えられる。よろしく流碧の地を封じて霊淵国となし、あらためて玉桂仙君の号を賜り、年号を海珍元年と称させよ。
  • 令す。章丘大都督・忠美侯・滄浪頭(章舉、たこの類なり)よ。波間に隠れその色は奇であり、八瓯(酒杯)の中でも最も称えられる。よろしく杜口中郎将たるべし。
  • 白中隠(車螯、はまぐりの類なり)よ。厚き徳を負い、その雄姿と特異な形とを包み隠している。よろしく中尉を兼ね霊甘尹たるべし。
  • 淡然子(蚶の類なり)よ。体は詭異であるといえども、用いれば実に芳しく新鮮である。よろしく玉徳公たるべし。
  • 季遐(鰕魁、大海老なり)よ。純潔にして内には爽やかな美質を含み、外には滄浪頭の徳を助けている。――ここに滄浪頭を霊淵国上相・無比とし、白中隠を含珍大元帥・豐甘上柱国とし、あわせて脆尹・淡然子を天味大将軍・逺勝王とし、季遐を清綃内相・頡羹郡王とせよ。
  • 多黄尉に令して尺一(詔勅)の権行を執らしめる。
  • 南寵(蠘、がざみの類なり)よ。截然として海天に居り、巨材をもって任ぜられている。よろしく黄城監・逺珍侯を授くべし。
  • また汝、専盤処士・甲藏用(蝤蛑、わたりがにの類なり)よ。もとより蠘の副として称され、衆に蟹師と許されている。よろしく爽国公・圓珍巨美功臣を授くべし。
  • また汝、甘黄州甲杖大使・咸宜作解藴中(蟹、かにそのものなり)よ。足の材は肥え腴え、螯(はさみ)の徳は充ち満ちている。よろしく糟丘常侍・兼美君を授くべし。
  • また汝、解微子(彭越、小蟹の類なり)よ。形質は祖に似て、風味を専らとし咀嚼される。謾りに陳べれば当に下列に置くべきところ、よろしく爾に郎黄少相・令合州刺史を授くべし。
  • 仲扃(蛤蜊の類なり)よ。双つの殻に重く負われ、閉じ蔵れて発しない。すでにこれを含津令に任じ、進めて慤誠君とした。粉身の功は大きいが、これに報いるのは実に難しい。よろしく紫暉将軍・甘鬆左右丞・監試甘圓内史を授くべし。
  • 霊蛻先生(文蛤の類なり)よ。外には脇を排する皴(しわ)なく、内には喉を鯁(つかえさせる)ような乱れがない。よろしく紅鐺祭酒・清腴館学士を授くべし。
  • 汝、清臣・鱸(すずきなり)よ。酔いを消し、鮮やかな鬛(えら)の郷に興を引く。よろしく撜虀録事・守招賢使者を授くべし。
  • 珍曹必用郎中・時充(鰣、時魚なり)よ。鐺(なべ)の材として本より美妙であるが、位は高くない。よろしく諸衙効死軍使・持節雅州諸軍事を授くべし。
  • 汝、白圭夫子(鱭、えつ魚なり)よ。姿は清らかで痩せているが、材はきわめて美しく俊やかである。よろしく骨鯁郷令を授くべし。
  • 甘鼎(黿、大すっぽんなり)よ。爾の調鼎の材を究めれば、舌を潮津に嚥む味わいがある。よろしく醉舌公に封ずべし。
  • 甲拆翁(鼈、すっぽんなり)よ。弾(つぶて)を中に挟むは巧なり、外に負い担うは礼なり、甲冑をもって自ら防ぎ寒暑を厭わぬは智なり、歩みが懦(にぶ)く規矩を踰えぬは仁なり。ゆえに先に擐甲尚書としてその跡を栄えさせ、その能を顕したが、よろしく金丸丞相・九肋君を授くべし。
  • 長尾先生(鱟、かぶとがになり)よ。呉越の人は先生を用いて醤(ひしお)を治むれば華夏に敵なしという。よろしく典醬大夫・仙衣使者を授くべし。
  • 元鎮(石首魚なり)よ。区々として石に枕し、子孫は徳が甚だ豊かである。よろしく新美舍人を授くべし。
  • 和羮長・朱子房(石決明、あわびなり)よ。酒がまさに酔いにまわる頃、臭いは一座に薫るが、筯(はし)を挑げれば少し進むうちに神明がたちまち還る。七孔の形をなすものの中で、目を治すことにおいて最もすぐれる。よろしく懐寄令使を授くべし。
  • 甘盤校尉(烏賊、いかなり)よ。墨を吐いて自らを衛り、その事は世に聞こえている。よろしく噀墨将軍を授くべし。
  • 元介卿(亀なり)よ。爾は占いに用いる灼(あぶ)りの効あり、吉凶を明らかに主る功は大きい。よろしく通幽博士を授くべし。
  • 惟れ汝、借眼公(水母なり)よ。体を受くること全からず、両者相い頼り合う。よろしく同体合用功臣・左右衛駕海将軍を授くべし。
  • 藏珍(真珠なり)よ、照乗(車を照らすほどの珠)となり盤上を走ればその価は貲(はか)れない。班布(玳瑁なり)よ、簪を裁ち器を製すればその価は金銀珠玉に劣らない。藏珍にはよろしく圎輝隠士を授け、班希にはよろしく㸃化使者を授くべし。
  • 房叔化(牡蠣なり)よ。粉にして湯丸(丸薬)に厠(まじ)え、丹薬の器を裹み護る。屈突通(梵響、法螺貝なり)は声を振るわせて遠くまで聞こえ、仏楽と知られる。阮用光(砑光、貝殻を磨く道具なり)は体を運び功を施せば物はみな滑らかに光り輝く。幼文(珂、貝の飾りなり)は貝に類し、鞍勒に点綴して粲然として観るべく、いささか文采がある。――房叔化には豪山太守・楽藏監を授け、固済突通には曲沃郎・梵響参軍を授け、玉塔金舎の用光には検校大輝光を授けて掌書紀に充て、幼文には馬衣丞を授くべし。
  • 惟れ汝、田青(螺螄、たにしなり)よ。微かに蔵まり味は浅く、取るべき材はないが、世にはあるいは烹調して珍味とされる。申潔(蛙なり)は蒼き皮に癮疹(できもの)あり、矮い股で跳梁する。江伯彛(鱁鮧、魚の塩辛なり)は宋帝が酷くその鰾(うきぶくろ)を好んだといい、別名を屯江小尉(江㹠、江豚なり)は漁夫がこれを得れば秀でた獲物とされ、また甘肥とも号される。――田青には具体(すなわち申潔と同体)として済饌都護・行水楽令を授け、伯彛には宋珍都尉・南海詹事・屯江小尉を授け、それには追風試湯波太守を授くべし。
  • 汝、錦袍氏(鱖、まながつおの類なり)よ。骨は疎らで肉は緊まり、体には文様が具わっている。よろしく蘇腸御史・仙盤遊奕使を授くべし。
  • 汝、李本(鯉なり)よ。三十六の鱗を持ち、大いに烹ればまさに賞味に値する。よろしく跨仙君・子世美公を授くべし。
  • 汝、鮮于羮(鮒なり)よ。膾に砍(き)れば精妙で、杜陵の地に称えられる。よろしく軽薄使・銀絲省饜徳郎を授くべし。
  • 汝、楚鮮(白魚なり)よ。釜に隠れ糟に沈み、その価は淮甸の地に高い。よろしく傾淮別駕を授くべし。
  • 汝、縮項仙人(へだなり)よ。鬼のような腹、星のような鱗をもち、道は襄漢の地で亨(とお)る。よろしく槎頭刺史を授くべし。
  • 汝、食寵侯(鱘鰉、ちょうざめなり)よ。支節は斑駁として、姿は高く爽やかである。よろしく添厨太監を授くべし。
  • 汝、単長福(鱓、うなぎなり)よ。曲直は定まらないが、鮮やかに載せれば美味は具わっている。よろしく泥蟠掾を授くべし。
  • 汝、管統(蔥管、たいらぎの類なり)よ。象(かたち)を省みるに菜伯(野菜)に近く、煎和に備えることができる。よろしく長白侯・同盤司箸局平章事を授くべし。
  • 汝、偹員居士(未詳の貝類なり)よ。腥(なまぐさ)く粗雑な有様で俗人に取られる。よろしく錬身公子を授くべし。
  • 汝、唐少連(未詳の貝類なり)よ。池塘の下格にあって匱(とぼ)しきに代わり厨房を充たす。よろしく保福軍節度使を授くべし。
  • 黄薦可(河㹠、河豚なり)よ。爾の潤いは嫩く貴ぶべきものであるが、火を経て治むるを誤れば、その毒に敗れ傷つく。それゆえ世は「醇疵隱士」を爾の異名とする。特に三徳尉・兼春栄小供奉を授くべし。
  • 新餐氏(鰒、あわびの類なり)よ。爾には飢えを療す術がなく、清くも酔ってはまた村莽(そまつ)で、新たな妖しさが盤上に臨むごとに現れる。物をもって人を汚すこと、百代を経てもなお洗い難く、爾の名を得るには積み重なった由がある。特に輔庖生に補すべし。
  • 葢頑(未詳、泥沙に生ずる貝類なり)よ。泥沙に生まれ、いささか採るべきものがある。よろしく表堅郎を授くべし。