十国春秋卷七十二 楚六 列傳 蔣勛
蔣勛
- 蔣勛は、もと唐の邵州指揮使であった。乾寧の頃、武穆王が劉建鋒と共に兵を率いて澧陵に至った際、勛は鄧継崇と共に歩騎三千を率いて回龍関を守っていた。
- 武穆王が先に関の下に至り、使者を勛のもとに遣わすと、勛らは牛と酒で軍をねぎらった。武穆王は使者に勛を説得させて言った、「劉龍驤(劉建鋒)は智勇ともに人に優れ、術家の言うところでは軫・翼の間に興るはずだという。今、十万の衆を率い、精鋭無敵である。あなたは郷兵数千でこれを拒もうとしているが、難しいだろう。先に下って富貴を得て郷里に帰るのに越したことはないではないか」。
- 勛はこれをもっともと思い、部下に言った、「東君(武穆王)は我々が帰郷することを許してくださった」。士卒はみな喜び叫び、旗幟や鎧仗を棄てて逃げ去った。武穆王はそれによって直ちに回龍を渡ることができた。
- その後、勛は邵州刺史を求めたが得られず、州を占拠して乱を起こした。武穆王はついに定勝寨を攻め破り、軍を率いて城下でこれを討伐した。