十国春秋卷六十五 南漢八 列傳 薛用丕

薛用丕

  • 薛用丕は大寶の初め、礼部尚書となり、左丞の鍾允章とかねてから親交があった。
  • 許彦真が変事を告発したとき、後主は宦者と用丕に命じて允章を共同で取り調べさせた。用丕は宦者の意を推し量り、允章に必ず免れられないだろうと告げた。
  • 允章は用丕の手を執って泣いて言った、「天よ、冤罪である。この老夫は今日ではもう俎上の肉に過ぎず、分に応じて仇人に烹(に)られるだけだ。ただ恨むのは邕昌が幼くしてわが冤罪を知らないことだ。彼が成長したら、公が私のためにこれを告げてくれ」と。邕昌とは允章の二人の子の名である。
  • 彦真はこれを聞いて罵って言った、「反逆者が子に仇討ちをさせようというのか」と。再び入って後主に告げ、允章は実は二子とともに壇に登って密かに祈るところがあったと言い、あわせて二子を捕らえて獄に繋ぎ、一族を誅した。