十国春秋卷六十四 南漢七 列傳 呉懷恩
呉懷恩
- 呉懷恩は番禺の人である。光天年間、内常侍を務めた。殤帝が驕り淫らで度を過ごしたため、呉懷恩はしばしば切に諫めたが聞き入れられなかった。中宗が即位すると、呉懷恩は開府儀同三司に進んだ。乾和年間、楚の王希廣が庶兄と国を争った際、中宗は呉懷恩を西北面招討使とし、兵を率いて楚を撃たせた。すでに賀州を抜いたが、まもなくまた昭州が陥落し、いくらもせずに兵を率いて北征し、蒙・桂・宜・連・梧・厳・富・昭・柳・象の十一州の地をことごとく得た。当時、戦に善い者と称せられる者は皆、呉懷恩を首位に推した。同時にまた呉恂・謝貫がいた。