十国春秋卷四十六 前蜀十二 列傳 徐瑶
生涯
- 徐瑶、字は伯玉、長葛の人である。高祖に従って蜀に入り、勇猛で格闘を得意とした。高祖が初め西川を鎮めていたとき、兵はみな文身(入れ墨)をして黧黒(黒く汚れた)の衣装をし異様な出で立ちであったので、衆人はこれを「鬼兵」と目し、徐瑶を「鬼魁(鬼の頭領)」と称した。
- 成都を克服するに及んで、徐瑶は多く衣冠の士女を辱めた。富人の李希の妻の俞氏は美貌があり、徐瑶はこれを掠め迫った。俞氏は「私の夫はかつて郷貢進士でした。あなたは鬼の子ですね。どうして私に無礼を働けましょうか」と言った。徐瑶は壮としてこれを釈放した。
- 功を積んで大昌軍使にまで至った。太子元膺の変にあたり、徐瑶と常謙はもとより元膺に親信されていた。元膺がすでに天武甲士をもって乱を起こすと、徐瑶・常謙もまた配下の兵を率いて太子を奉じて唐道襲を攻めた。まもなく王宗黯の兵が入ると、徐瑶はついに死に、同じく殿前で戦っていた残りの兵衆もみな潰えた。