十国春秋卷二十九 南唐十五 列傳 陳貺

孤貧と学問

  • 陳貺(一に況に作る)は閩の人である。性は淡泊で孤貧、学に力め、書を積むこと数千巻に至った。廬山に隠れることほぼ四十年、慶弔の人事にはまったく暫くも赴かず、衣食が乏しく絶えても心を動かさなかった。季父(叔父)に僧となった者があり、時々その資給に頼った。詩に苦思し、句を得ても章をなさないうちに、既に遠近に伝わった(『江南野史』に「貺には詩数百首があり、骨格は強梗で常態を超えている」とある)。学者は多くこれに師事した。
  • 元宗はその名を聞き、幣帛をもって貺を徴した。貺は幞巾・絛帯・布裘・鹿鞟で見え、進退は閑雅で度があった。ちょうど厳寒の時で、元宗はその衣が薄いのを見て手札を降し「綾綺の衣を卿に賜おうとしても卿は必ず受けないだろう。今、朕が自ら着る紬縑の衣三十事を賜う。卿はこれを受け取れ」と言った。貺は『景陽宮懐古詩』を献上し、元宗はこれを称賛した。詔して江州士曹掾を授けようとしたが固辞したので、粟帛を賜って山に還した。
  • 享年七十五で卒した(貺は五十歳で初めて娶り、これを慶する者があって「処士は新婚で楽しんでいますか」と言うと、答えて「私は若くして山谷に処り世事に与らなかったので、衣裾の下にどのようなことがあるのか知りませんでした」と言った。徴に応じるにあたり、ある人が「奥方はどこに置いたのか」と問うと「暫く師叔の禅院に寄せている」と答えた。「婦人が年少なのにどうして用心しないのか」と言うと「戸を閉め鍵をかけてある」と答えた。「水や火の時はどうするのか」と言うと「鍵もまた預けてある」と答えた。その淳質はこの通りであった)。