十国春秋卷二十八 南唐十四 列傳 章僚

要約

章僚はもとより著述を善くした人物で、後主の時代に如京使に充てられて高麗に使わされ、実際に現地に赴いてその国の山川・事跡・物産をつぶさに見聞して記録し、『海外使程広記』三巻を撰した。この書は『海外行程記』の名で伝わる異本もあり、保大初めの徐弼の使いの事跡を引いて証としたものだという。史虚白がこれに序文を寄せ、地志を専門とする学者たちの多くもその内容の博識さを称えたという。

その記述によれば、高麗には二つの都と六つの府、九つの節度、百二十の郡があり、内には十省四部を列していた。官吏の朝服は紫・丹・緋・緑・青・碧の色によって位を分けており、風俗としては頭の形を扁平にすることを好み、男児が生まれるとその日のうちに頭を押さえて形を整える習わしがあったと伝える。また高麗は銅の産出が多く、農家で用いる食器類の多くが銅で作られており、なかでも中国の鐺に似た形をしながら底が四角く蓋が円い「温器」と呼ばれる器があり、七、八升の容量を持つものであったことなども具体的に記した。この使行記録は南唐と高麗の交流を伝える具体的な記述に富み、当時の高麗事情を知る貴重な資料として後世の地志家からも重んじられた。なお章僚の名は、後世の文献では張僚とも記されている。

現代語訳全文

高麗使行

  • 章僚はもとより著述を善くし、後主の時、如京使に充てられて高麗に使いし、その国の山川・事跡・物産をつぶさに得て『海外使程広記』三巻を撰した(『春秋続演繁露』には「海外行程記」に作り、その中に保大初めの徐弼の使事を引いて証としたとある)。史虚白がこれに序を作った。おおむね高麗には二京・六府・九節度・百二十郡があり、内に十省四部を列し、官の朝服は紫・丹・緋・緑・青・碧であること、俗は扁頭を喜び、男子が生まれるとその朝一日に頭を押さえること、また高麗には銅が多く、田家の饁具はみな銅で作られ、「温器」と名づく器があり、中国の鐺のような形で、その底は四角くその蓋は円く、七、八升を容れられることなどを言った。地志家の多くはその書を博洽と称した(章僚は程大昌には張僚とも作られている)。