十国春秋卷八 列傳 彭彦章
浪山江に敗死す
- 彭彦章は廬陵の人で、吉州刺史彭玕の弟である。天祐の初め、彭彦章は袁州刺史となり、撫州の危全諷らと兵を連ねて洪州を攻めた。
- 大将の周本がすでに危全諷を撃ち破ると、その勢いに乗じて袁州を攻め、彭彦章を捕らえて連れ帰った。高祖はこれを署して百勝軍使とした。
- 武義元年、呉越の兵が東洲から侵入すると、彭彦章と裨将の陳汾に命じてこれを拒がせた。ほどなく浪山江で戦い、彭彦章の軍は敗績した。陳汾は兵を擁して救わず、彭彦章はここに死んだ。
- 高祖は陳汾を誅し、その家財を没収し、その半分を彭彦章の家に賜るよう命じ、その妻子を終身にわたり養った。