人物志體别第二

  • 要旨: 中庸は相反する性質を自在に調和するが、偏材は固有の長所と表裏一体の欠点をもつ。学問や恕だけではその偏りを転換しにくいため、各材の適所と限界を見定める必要がある。

中庸と十二の偏材

  • 中庸の徳には固定した名や姿がない。塩味を成しながら鹻に偏らず、淡味でありながら味を失わず、質朴でも粗略でなく、文飾があっても華美でない。威と懐柔、弁舌と訥言を兼ね、変化に定形をもたず、物事に通じることを節度とする。
  • これに対し、抗は行き過ぎ、拘は届かず、どちらも中を外れるため、善が目立つ一方で道理を失う。十二の偏材には次の長所と欠点がある。

  • 厲直剛毅は矯正に役立つが、激しい攻撃に陥る。

  • 柔順安恕は寛容だが、決断に乏しい。
  • 雄悍傑健は胆力があるが、猜忌が多い。
  • 精良畏慎は恭謹だが、疑いが多い。
  • 強楷堅勁は組織の幹となるが、自己に固執する。
  • 論辨理繹は結び目を解けるが、議論が放縦に流れる。
  • 普博周給は広く覆い養うが、混濁する。
  • 清介廉潔は節倹を守るが、狭く拘泥する。
  • 休動磊落は高みへ進むが、粗放になる。
  • 沉静機密は玄微を究めるが、遅緩になる。
  • 樸露徑盡は誠実だが、微妙さを欠く。
  • 多智韜情は権変と策略をもつが、態度が曖昧になる。

長所を誇ることで深まる欠点

  • 偏材は徳を進める際にも中庸を基準に自らの拘・抗を戒めず、他者の短所を指して自分の偏りを強める。晋と楚で剣を帯びる左右が違い、互いを笑っても用途の違いを理解しないのと同じである。
  • その結果、各材の可能と不可能は次のように分かれる。

  • 強毅は法を立てられるが、微妙な領域に入れない。柔順を弱さとして剛情を増すからである。

  • 柔順は常道に従えるが、疑わしい事態を裁けない。猛抗を傷害と見て舒緩を安んじるからである。
  • 雄悍は難事に臨めるが、節約や制約の中に身を置けない。忍従を怯懦と見て勢いを使い尽くすからである。
  • 懼慎は身を保てるが、節義を立てにくい。勇を軽侮と見て疑畏を増すからである。
  • 凌楷は正を保持できるが、衆人に協調しにくい。弁博を虚偽と見て専一を強めるからである。
  • 辨博は広く事を叙述できるが、簡約な原則を立てにくい。楷正を拘束と見て言辞を流宕させるからである。
  • 弘普は衆人を慰撫できるが、風俗を引き締めにくい。清介を狷介と見て交際を混雑させるからである。
  • 狷介は節を守れるが、変化に通じにくい。弘普を穢雑と見て拘局を深めるからである。
  • 休動は進取に向くが、後ろに控えにくい。沈静を停滞と見て鋭進を強めるからである。
  • 沉静は深慮に向くが、敏速に動けない。活動を粗雑と見て遅弱を美化するからである。
  • 樸露は信を立てられるが、時勢に応じた軽重を量れない。権譎を虚誕と見て誠を露出するからである。
  • 韜譎は人の善を補佐できるが、邪な違反を矯正しにくい。率直さを愚直と見て虚を尊ぶからである。

学と恕の限界

  • 学問は材を完成させ、恕は自分の情から他者の性を推し量る。しかし偏材の性は固着して転換しにくい。学ばせても材の完成とともに固有の欠点が強まり、恕を教えても自分の心に従って他者を判断する。
  • 信実な人は自分を基準に皆を信じて詐者を許し、詐る人は皆を疑って信実な人まで疑う。こうして学は道に入らず、恕は万物に届かない。人物を扱う者は、仁を用いるとき貪りを除き、智を用いるとき詐りを除いてこそ、群材を使い尽くし、道を万物に及ぼせる。