人物志九徴第一

  • 要旨: 人の微細な情性は、陰陽・五行から生じる身体、声、色、容貌など九つの徴に現れる。最上は諸徳を偏りなく統合する中庸であり、一面だけが突出すれば偏材、外見だけが似れば乱徳となる。

情性と中和

  • 人物の根本は情性にある。性質は自然に受け、情の変化は習慣の影響で生じるので、人を観察するときは性質の根を探るべきである。しかし情性の道理はきわめて微妙で、形がないため、これを究められるのは聖人だけである。
  • 血気あるものは元一を質とし、陰陽を受けて剛柔の性を立て、五行を体して形を現す。形質は気色として外に現れるので、そこから内実を探ることができる。
  • 人の資質では中和が最も尊い。白い素材がさまざまな彩りを受け、甘味が諸味と調和するように、中和は百行の根であり、善い情性の田地である。その質は平淡で特定の味に偏らないから、五材を調和させ、時宜に応じて変化できる。
  • したがって人物を見るには、まず平淡さを確かめ、その後に聡明さを求める。どれほど駿馬のように抜群でも、気性が不和なら自滅するからである。

聡明と陰陽

  • 聡明は陰陽の精であり、離に属する目と坎に属する耳によって見ること・聞くことが成立する。陰陽が清く調和すれば、内には叡智、外には明察が備わる。聖人は微細なものと明白なものをともに知って、任用にも取りこぼしがないが、通常の人は目と耳の両面を完全にはできない。
  • 明白を得意とする人は行動の機を捉えるが、静かで深い思慮に暗く、急げば性急に陥る。玄慮の人は静の根本を知るが、機敏な対応には苦しむ。これは、火や日は外を照らして内を見ず、金や水は内に映して外へ光らないのと同じである。明白の人に進取を、玄慮の人に守成を任せてこそ動静が適切になる。

五質・五常と外への現れ

  • 五行は身体に木の骨、金の筋、火の気、土の肌、水の血として現れ、それぞれ別の働きをもつ。骨が立ちながら柔らかい弘毅は仁の質、気が清く朗らかな文理は礼の本、身体が端正で充実する貞固は信の基、筋が強く精密な勇敢は義の決断、色が平らかで伸びやかな通微は智の源である。木の覆い、火の照察、土の生成、金の断割という性質が各徳の根拠となる。
  • 仁・義・礼・智・信の道は五質から離れない。剛柔・明暢・貞固は形、声、色、感情にそれぞれの象を示す。心が明直なら動作は強固、休決なら進猛、平理なら安閑となり、直容・休容・徳容にもそれぞれ矯矯行行、業業蹌蹌、顒顒卬卬という態度が現れる。内の心気が外の容貌を動かすのである。
  • 心気は声の変化に表れる。気が調和して声となり、清亮な律、和平な呂に応じ、和平・清暢・回衍などの違いを生む。声が気を通して発せられれば貌色にも実質が現れ、真の仁には温柔、真の勇には矜奮、真の智には明達の色が伴う。
  • 色は貌に現れて精神の徴となり、情は心の候である目に発する。仁者の目は端正で誠実、勇者の目は強く輝く。ただし、これらは一面が勝った偏至の材であり、威厳と厳正を自然に兼ねる境地には達していない。

偏りの弊害と九徴

  • 勝った資質が精妙でなければ仕事は成就しない。直だけで柔がなければ木強、筋力だけで精がなければ単なる力、固だけで端がなければ愚、気だけで清がなければ越、暢だけで平がなければ蕩になる。中庸は、勇と慎み、仁と決断などを兼ね、諸材の主となる点でこれらと異なる。
  • 五常を備えて平淡さで包み、五質が内に満ちて五精が外に輝けば、目にも五つの光彩が現れる。形あるものには神精があり、賢愚を問わず気質を受けるので、下は僕隷や牧人に至るまで、その精色と儀象から知りうる。精神を知れば理と性を究め、命に至ることができる。
  • 九徴は次の対応で人の性を示す。

  • 神は資質の主であり、平らかさと偏りを示す。

  • 精は実質の本であり、明と暗を示す。
  • 筋は勢いの働きであり、勇と怯を示す。
  • 骨は立つ基礎であり、強と弱を示す。
  • 気は決断の場であり、躁と静を示す。
  • 色は感情の候であり、惨と悦を示す。
  • 儀は形の表であり、衰と正を示す。
  • 容は動きのしるしであり、邪な態と正しい度を示す。
  • 言は心の状態であり、緩と急を示す。

  • 質が平淡で、内は叡く外は朗らか、筋は強く骨立ちは固く、声は清く色は悦び、儀は正しく容は直であれば、九徴がすべて整った純粋な徳である。九徴のどこかが食い違えば偏雑の材となる。

人材の等級

  • 人材には三つの度がある。一つの長所に達した偏材はその材で呼ばれ、仁・義・礼・智などを兼ねる人は徳を名目とし、諸徳を兼ねる人には一方向では言い尽くせない美称が与えられる。
  • 徳を完全に兼ねる中庸は聖人の名である。その全体を備えながら規模が小さい徳行は大雅、一つだけに達した偏材は小雅、一つの徴だけが徳に似る依似は徳を乱す類、一つの長所と一つの違背が混じる間雑は定まった操のない人である。無恒と依似は教化も受けにくい風人の末流で、その種類は数え尽くせない。