北史卷五十三 列傳第四十一 薛孤延

代の人

  • 若くして驍勇果敢で神武の挙兵に従い功により儀同三司を重ねた。西征に従い蒲津に至った。竇泰が敗れ神武が撤退した際、延は殿軍を務め戦いながら退き、一日で十五本もの刀を折った。神武がかつて北牧で馬を検分していたところ、道中に暴雨に遭い雷が地を震わせ火が浮図を焼いたことがあった。神武は延に見に行かせると、延は矛を構えて浮図を回りながら大声を発して走り、火はやがて消えた。延が戻ったときには髭も馬の鬣も尾もみな焦げていた。神武はその勇断を称え「延は雷とも戦える男だ」と言った。のち平秦公に封ぜられ、諸将とともに潁川を討った。延は専ら土山の築造を監督していたが酒に酔い敵に襲われ拠点を奪われた。潁川平定後、諸将が京師に戻り華林園で宴を催した際、文襄は魏帝に上奏し延を階下に座らせて辱めた。斉の受禅で都昌県公の爵を別に賜った。延は酒を好み常に酔っていたが戦を善くし、大軍の征討には常に前鋒を務めた。位は太子太保・太傅に至った。