北史卷五十三 列傳第四十一 侯莫陳相

代の人

  • 祖の社伏頹は魏の第一領人酋長。父の斛古提は朔州刺史・白水公。相は七歳で父を喪い、慕う情は人並み外れて深かった。成長すると気概のある人物となった。のち神武の挙兵に従い四胡を韓陵で破り力戦の功で陽平県伯に封ぜられ、のち白水郡公に改封された。天保初年、司空公を重ね白水王に進み、大将軍に遷り太尉公を拝し瀛州刺史を兼ねた。太保・朔州刺史を歴任し、さらに太傅を授けられ義寧郡公に別封された。任地で薨じ、仮黄鉞・右丞相・太宰・太尉・都督・朔州刺史を贈られた。次子の晋貴は謹厳で文武の才幹があり白水王の爵を襲い、武衛将軍・開府儀同三司・梁州刺史となった。周に帰し上大将軍を授けられ信安県公に封ぜられた。子の仲宣は太常丞。子の弘穎・弘信は雍州司士参軍。子に行方・行儉・行恭がいた。