正月丁巳 盤江鉄索橋をめぐる督促と史論
- 彰泰が偽留守将軍ら三将一万三千の賊が盤江に拠ろうとしているとの報を受け、薩克察巴図魯らを鉄索橋に派遣したが、皇帝はこの要地の重要性から彰泰・蔡毓栄が自ら進撃すべきだと督励した。
- 編者は、盤江鉄索橋が滇黔の咽喉にあたり、これを得れば長駆して滇城に迫れ、賊に奪われれば持久戦になりかねない要害であると述べ、彰泰らが自ら赴かず薩克察巴図魯らに委ねたことを皇帝が速やかに督促し、結果として賊に先んじて渡江できたことを、皇帝の地の利を見通した迅速な調度の成果と称えている。
庚申~丙寅 土司の登用と雲南進撃の督促
- 投降した土司龍天佑を管領土司総兵官に任じた。
- 皇帝は彰泰らの逗留を重ねて咎め、貴州は精兵の半数を残して固守させ、残りは即時雲南へ進ませるよう命じた。
- 雲南七鎮の再配置に備え、候補馬山偏図を先に雲南総兵官に任じた。
壬申以降 李本深の投降処理と王進宝の願い
- 彰泰の上奏により、投降した原提督偽将軍李本深を京師へ送り、他の投降者は安挿することとした。
- 王進宝が瀘州への出撃を願い出たが、保寧鎮守を優先させ却下された。
乙亥・丙子 譚洪の死と四川東部の平定
- 譚洪の死後、その子天秘が万県の拠点を焼いて逃走し、開県・建始・忠州・梁山が平定された。
- 貝子凖達の水陸進兵の上奏を、皇帝はこれまでの逗留を理由に叱責しつつ、噶爾漢に遵義攻略を、凖達には疲弊兵をまとめて荊州へ帰らせることを命じた。
戊寅以降 糧餉輸送と図海の増援願いの却下
- 巡撫王新命に湖広からの銀十万両の即時輸送と川江水運を利用した兵糧輸送を命じた。
- 大将軍図海が叙州救援のための出兵を願い出たが、皇帝は既に副都統翁愛・哈占・髙孟らが向かっているとして却下し、図海は漢中防守を続けさせた。
癸未 傅宏烈への追贈と孔国岱らの処分
- 賊に捕らえられながら屈せず殺害された将軍巡撫傅宏烈に太子太師を追贈し、子弟の入監を許した。
- 広東に派遣されながら尚之信の狂悖ぶりや情勢を密かに報告しなかった学士孔国岱・侍講学士薩喇について、当初の軽い処分を皇帝が不十分として再議させ、最終的に両名とも革職とした。
二月乙巳 安籠所の回復
- 大将軍頼塔が都統貝勒希福・馬奇らに命じ、偽将軍何継祖ら万余の拠る石門坎隘口を破って安籠所を回復し、偽総兵陳義魁らが投降した。
戊申以降 糧秣調達と流民招集
- 陝西巡撫鄂愷らに西安庫銀を用いた永寧・瀘州方面での兵糧調達を命じた。
- 貴州巡撫楊雍建に流民の帰業と徭役軽減を命じ、私的な夫役徴発を禁じるよう在黔諸将にも徹底させた。
癸丑 平遠の回復
- 偽大将軍髙啓隆・偽将軍夏国相・王会ら二万余が平遠西南山上に拠っていたが、将軍穆占・提督趙頼が正月二十二日に連戦して破り、王会は投降、髙啓隆らは敗走して平遠府を回復した。