後漢紀巻第七 光武皇帝 建武十四年 38年
内外の動き
- 春正月、匈奴が使者を送って貢物を献じた。中郎将劉襄を匈奴に使わした。
- 夏四月辛巳、孔子の子孫の孔志を褒城侯に封じた。
- 越嶲の人任貴が使者を送って降伏した。
- 九月、莎車王の賢と善王の心信が使者を送って貢物を奉った。
王梁の死
- 済南太守王梁が没した。
- はじめ王梁は河南尹となり、水路を掘って穀水を引き洛陽城下に注ごうとしたが、水路が完成しても水が流れなかった。担当官が王梁を弾劾し、王梁は恥じ恐れて辞職を願い出た。帝は王梁を済南相に移し、改めて阜城侯に封じた。