後漢書卷八十七 杜欒劉李劉謝列傳第四十七 杜根

杜根

  • 杜根、字は伯堅。潁川郡定陵の人。父の安は十三歳で太学に入り「奇童」と称され、貴戚の書簡を壁に隠して漏らさなかった義烈で知られた。根は性格実直で永初元年、孝廉に挙げられ郎中となった際、和熹鄧太后の臨朝専権に対し安帝の親政を求める直諫の上書をし、太后の怒りを買い縑嚢に包んで撲殺されそうになったが、執法者が手加減し、城外に運ばれてから蘇生した。
  • 三日間死んだふりをして目に蛆がわくほど徹底し、宜城の酒家に十五年身を隠した。鄧氏誅殺後、根の忠義が知られ帝の詔で公車に召され侍御史に。「なぜそこまで苦しんだのか」との問いに「民間に潜んでいて発覚すれば親族に禍が及ぶからだ」と答えた。順帝の代に済陰太守を経て致仕、七十八歳で没した。
  • ともに直諫した平原郡吏の成翊世(字季明)も同様に太后の親政を求めて罪を得たが、後に尚書郎に抜擢され、済陰王(順帝)擁立を訟えた功で司空張晧に議郎に薦められた。虞詡・左雄・郭虔らにも重んじられ尚書に至った。