後漢書卷七十八 楊李翟應霍爰徐列傳第三十八 李法

李法

  • 李法、字は伯度、漢中南鄭の人。博通の学者で剛直な節を持ち、和帝永元九年、賢良方正の対策に応じ博士を除せられ侍中・光禄大夫に遷った。一年余りで上疏し、永平・建初の旧例に反する朝政の苛碎さ、宦官の権勢増大、椒房(后妃)の寵盛、史官の記事不実を批判したが、帝意に逆らったとして庶人に落とされた。友人が理由を問うても答えず、ただ「鄙夫と君に事えられようか、失うことを患えば何でもする者になる」と孔子の言を引くのみであった。孟子の「仁者は射のごとく、正して発し、中らざれば己を反省するのみ」との言も引いた。八年後、議郎・諫議大夫に再召され、正言を改めず、汝南太守を経て郷里に帰り家で没した。